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東京高等裁判所 昭和43年(行コ)23号 判決

控訴人(原告) 旭礦末資料合資会社

被控訴人(被告) 東京通商産業局長

参加人 帝国大理石株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人の昭和二六年二月一四日付申請にかかる鉱業権(採掘権)設定の出願の原判決別紙第一目録記載の区域につき許否の処分をしないのは違法であることを確認する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人及び参加人は主文第一項同旨の判決を求めた。

第二主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は鉱石類の採掘販売等を目的とする会社であるが、昭和二六年二月一四日被控訴人に対し、石灰石を目的として、原判決別紙第一目録記載の区域(以下「本件区域」という)を含む同第二目録記載の区域を出願区域とする鉱業権(採掘権)設定の出願(東鉱二六年採第一一二号)をした。

2  しかるに、被控訴人は右出願のうち本件区域にかかる部分につき、相当の期間内に許否の処分をなすべきであるにもかかわらず、いまだになんらの処分をしないが、被控訴人の右不作為は違法であるので、これが確認を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

請求原因1の事実は認めるが、同2の事実は否認する。

三  被控訴人の抗弁

控訴人は昭和二六年七月二五日被控訴人に対し、前記昭和二六年二月一四日付申請にかかる鉱業権(採掘権)設定出願(東鉱二六年採第一一二号)につき、前記出願区域から本件区域を減少させる旨の減区の出願(以下、「本件減区の出願」という。)をした。そこで、被控訴人は控訴人の前記鉱業権(採掘権)設定出願につき、昭和二九年一月一二日前記第二目録記載の区域のうち本件区域を除くその余の区域を目的として設定許可をした。同設定許可は前記本件減区出願を許可したものである。したがつて、被控訴人は控訴人の前記鉱業権(採掘権)設定出願のうち本件区域にかかる部分については、もはや、重ねて、許否の処分をなすべき義務はない。

四  抗弁に対する控訴人の認否

控訴人が被控訴人主張のように本件減区出願をしたこと、被控訴人がその主張のように鉱業権(採掘権)設定許可をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  控訴人の再抗弁

1  控訴人のした本件減区出願は、その要素に錯誤があるものであるから無効である。

訴外常陸大理石株式会社は鉱業法(昭和二五年法律第二八九号)施行日(昭和二六年一月三一日)の六か月以前から本件区域において石灰石を採掘したことはなかつたのにかかわらず、昭和二六年三月被控訴人に対し、本件区域を含む区域を出願区域とし、石灰石を目的とする鉱業権(採掘権)設定の出願(東鉱二六年採第一三八号)をし、かつ、「訴外会社は右鉱業法施行日の六か月以前から本件区域において石灰石を採掘していたから、同法施行法第五条に基づき、訴外会社の右出願は本件区域につき控訴人の前記出願に対して優先する。」旨を主張した。

被控訴人は、控訴人及び訴外会社らの前記各鉱業権(採掘権)設定出願につき許否を決するため、昭和二六年五月二八、二九日の両日東京通商産業局所属の技官訴外篠益雄らをして現地調査をさせたが、訴外会社はその際、訴外篠らに対し、本件区域内に人夫を入れて石灰石を採掘しているように装い、しかも訴外篠らに対し、前同様の主張を繰返えしたため、訴外篠らは訴外会社の右虚偽の主張を信じたうえ、控訴人に対し、「本件区域については控訴人に先願に基づく優先権はなく、訴外会社の出願に鉱業法施行法五条に基づく優先権があると認定されるべきであるが、その決定には多大の手数と困難を伴うから、控訴人において、訴外会社との間で然るべく協議のうえ、本件減区出願をするのがよい。」旨を告げて、これを慫慂勧告した。

よつて、控訴人は訴外篠らの右説明を信じ、やむなく、右勧告にしたがい、訴外会社代理人訴外梶山直治と交渉の末、同年七月二三日ころ控訴人と訴外会社との間で次の(1)ないし(3)を内容とする協議を成立させた。

(1) 控訴人は本件減区出願をすること。

(2) 訴外会社と控訴人は、これと同時に、本件区域につき、訴外会社を代表者とする鉱業権(採掘権)の設定の共同出願をすること。

(3) 両者の共存共栄をはかるため、訴外会社は石灰石の角材(一尺立方以上のもの)の採掘販売をし、控訴人は同砕石(一尺立方以下のもの)の採掘販売をすること。

そこで、控訴人は昭和二六年七月二五日被控訴人に対し、本件減区出願をしたものである。

したがつて、控訴人の本件減区出願は、控訴人において、訴外会社が本件区域につき鉱業法施行法五条に基づく優先権あるものと信じてしたのであつて、要素に錯誤のあるものである。

そして、訴外会社は控訴人をして右錯誤を生ぜさせたものであるから、右減区出願の無効は訴外会社の権利、利益をなんら損ずるものではなく、また、本件においては他に権利、利益を損ぜられる第三者は存しない。

2  仮に控訴人のした本件減区出願につき要素の錯誤が認められないとしても、控訴人のした本件減区出願は訴外会社の詐欺に基づくものである。すなわち、訴外会社は昭和二六年五月二八、二九日ころ前記現地調査の際控訴人に対し、本件区域につき鉱業法施行法第五条に基づく優先権がないのに、それがあるように装い、本件区域については訴外会社が右優先権を有する旨説明し、よつて控訴人をしてその旨誤信させ、かつ、昭和二六年七月二三日ころ控訴人に対し、協議内容を履行する意思がないのにこれがあるかのように装つて、前記協議を成立させる旨を約し、よつて控訴人をしてその旨誤信させたため、控訴人は本件減区出願をしたのである。そこで、控訴人は昭和三〇年三月末日被控訴人に対し本件減区出願を取消す旨意思表示した。

3(一)  仮に以上の主張が認められないとしても、控訴人代理人高田春吉は昭和二六年八月末ころ被控訴人に対し、口頭で、本件減区出願を撤回する旨意思表示した。

なお、右撤回の方式については、法はなんら定めていないのであるから、私人の公法行為の一般理論により書面をもつてなすことを要せず、口頭をもつて足るというべきである。鉱業法三六条にいう増減出願は新らたに出願区域を増加ないし減少させる際の手続を定めたものであるから、すでになされた右出願を撤回する行為については、右三六条を類推適用することはできないというべきである。

仮に本件減区出願の撤回にも書面によることを要すると解すべきものとしても、口頭申出を受けた行政庁としては、書面によるべき旨を指示することが、条理上必要であり、右指示にしたがわなかつたときに初めて、申出人に不利益が及ぶと考えるのが相当であるところ、被控訴人は右指示を全くしなかつたのであるから、被控訴人は右撤回が、書面でなく、口頭であつたことをもつてその無効を主張することは権利濫用ないし信義則違反として許されないというべきである。

(二)  控訴人は昭和二八年一二月一六日被控訴人に対し、本件減区出願に基づく手続の留保を申入れ、もつて本件減区出願の撤回をした。

(三)  控訴人は昭和三〇年三月末日被控訴人に対し、本件減区出願の撤回をした。

なお、減区出願については、明治四四年五月一二日付鉱甲第五八二号通牒があり、同通牒は、「出願地の減区出願の取消を認めるときは、他人の権利を害する場合を生ずるをもつて、許可すべきに非ず。」としているが、右通牒は行政法理を理解せざる便宜的な、しかも、国家権力の強大であつた明治時代の一方的独断的解釈であり、今日においてはとうてい許されるべきものではない。減区出願およびその撤回は、いわゆる私人の公法行為であつて、これらの行為がどのような法および法原則の適用を受けるかについては、一般的な規定がないので、特別規定のある場合のほか、その行為の性質に鑑みて解釈すべきであり、また、民法の意思表示に関する規定が適用されるべきである。そうだとすれば、本件減区出願の撤回についても、一片の通牒によりこれを拒否することは不当も甚だしく、いわんや、前記通牒は、減区出願の取消、撤回を許さない理由につき、これらは第三者に損害を及ぼす場合があるからとするにあるが、しかし、減区出願の取消、撤回は必ずしも第三者に損害を与えるとは限らず、ましてや、本件の場合のように、東京通商産業局の担当官および控訴人を欺罔し本件減区出願をさせた次順位の訴外会社にはなんら損害を与えることはあり得ない。かかる状況の下においては、一片の通牒を墨守して控訴人の本件減区出願の撤回を許さないとすることには、なんら合理的根拠はないというべきである。

また、被控訴人の主張する昭和二九年一月一二日付鉱業権(採掘権)設定許可は、本件区域を除いているのであるから、本件減区出願についての被控訴人の行政行為は全く存在しない。したがつて、控訴人のした本件減区出願の撤回はなお有効である。

六  再抗弁に対する被控訴人の認否

1  再抗弁1について

訴外会社が控訴人主張のころその主張のような鉱業権(採掘権)設定の出願をし、かつ、その主張のような優先権の存在を主張したことは認める。ただし、右出願は昭和二六年三月一六日にされたものであり、かつ、石灰石およびドロマイトを目的とするものである。被控訴人が東京通商産業局所属技官篠益雄らをして現地調査をさせたことは認める。ただし、右現地調査の日時は昭和二六年五月二九、三〇日の両日であり、また、同調査は控訴人の鉱業権(採掘権)設定出願(東鉱二六年採第一一二号)および訴外会社の鉱業権(採掘権)設定出願(東鉱二六年採第一三八号)についての許否を決するためのものである。訴外会社が鉱業法施行日の六か月以前から本件区域において石灰石を採掘していなかつたことは認める。控訴人と訴外会社との間で控訴人主張の如き協議が成立したことは知らない。その余の事実は否認する。

2  再抗弁2について

訴外会社が鉱業法施行日の六か月以前から本件区域において石灰石を採掘していなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  再抗弁3について

控訴人の主張事実はいずれも否認する。

(一) 控訴人は昭和二七年一〇月一一日被控訴人に対しその本件鉱業権(採掘権)設定出願につき、本件減区出願とは別個の減区出願をしたのであるが、控訴人はその際被控訴人に対し本件減区出願の撤回がなかつたことを前提とする関係図(甲第一二号証)を提出したのであり、このことからしても、控訴人が昭和二六年中に本件減区出願の撤回をしたことはなかつたことが明らかである。

控訴人の主張する本件減区出願の撤回とは、一旦なされた減区出願の効力を遡及的に消滅させ、当初の鉱業権設定出願における出願区域を回復しようとするものであるから、その実質は鉱業法三六条にいう増区出願であり、これに遡及効を付与しようとするものであるが、鉱業法は出願後における出願の区域の変更は右三六条によつて処理すべきものとしていると解されるから、鉱業法上、遡及効を伴う減区出願の撤回なるものを認める余地はない(明治四四年五月一二日付鉱甲第五八二号通達、昭和四一年一一月一日付四一鉱局第三九二号参照)。

仮に減区出願の撤回を認めうるとしても、それは書面によつてされなければならない。鉱業権は国の特許行為によつて創設される独占的、排他的権利であるから、その設定手続は厳格にされることを要し、その出願についても厳格な書面主義が採用されている。控訴人主張の本件減区出願の撤回は、その実質において鉱業法三六条の増区出願にほかならず、しかも、これに遡及効を付与しようとするものであるから、右撤回については、同法三六条二項を類推適用し、書面によつてされることを要すると解すべきである。本件において、控訴人主張の昭和二六年八月末日付本件減区出願の撤回は書面によつてされたものでないことは控訴人の自認するところであるから、撤回の効力を生じえないものである。

(二) 仮に控訴人が昭和二八年一二月一六日付被控訴人宛申入をしたとしても、それは控訴人の本件減区出願の撤回の意思表示ではなく、訴外会社の鉱業権(採掘権)設定出願に対する許可を差控えてもらいたい旨の内容の陳情であり、かつ、本件減区出願に基づく手続の留保を希望する旨の陳情にとどまるものである。

(三) 仮に控訴人がその主張(五3(三))のように、昭和三〇年三月末ころ被控訴人に対し本件減区出願の撤回の意思表示をしたとしても、右撤回は被控訴人が前記のように昭和二九年一月一二日控訴人に対し鉱業権(採掘権)設定許可をし、よつて控訴人の本件減区出願を認め、本件区域についての当初の鉱業権(採掘権)設定出願が消滅した以後のことになるから、右撤回はその対象を欠き不可能なものであり、もともと撤回の効力を生じえないものである。

七  参加人

1  訴外会社は本件区域につき鉱業権(採掘権)設定許可を受け、その登録を経由したものであるところ、参加人は昭和四六年一二月九日訴外会社から右鉱業権(採掘権)の譲渡を受け、その旨の登録を経由した。

2  控訴人の再抗弁五3(一)の事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  控訴人は鉱石類の採掘販売等を目的とする会社であるが、昭和二六年二月一四日被控訴人に対し、石灰石を目的として原判決別紙第二目録記載の区域(一五、八三五アール)を出願区域とする鉱業権(採掘権)設定の出願(東鉱二六年採第一一二号)をしたこと、同第一目録記載の本件区域(四九五アール)が右出願区域に含まれていたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、控訴人は昭和二六年七月二五日被控訴人に対し、右鉱業権(採掘権)設定出願につき右出願区域から本件区域を減少させる旨の本件減区の出願をしたこと、被控訴人は昭和二九年一月一二日控訴人に対し右鉱業権(採掘権)設定出願につき許可をしたが、その区域については本件区域は含まれていなかつたことは当事者間に争いがない。

三  先ず、控訴人において、控訴人のした本件減区出願は、要素の錯誤に基づくものであるから無効であり、そうでないとしても、訴外常陸大理石株式会社の詐欺に基づくものである旨主張するが、当裁判所も控訴人の右主張は採用できないものと判断するものであり、その理由は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決理由欄記載(原判決一四丁裏一〇行目冒頭から二〇丁裏末行末尾まで。ただし、「参加人」とあるを、「訴外常陸大理石株式会社」と改める。)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一六丁表一〇行目冒頭から一九丁裏九行目末尾までを次のとおり改める。

「成立に争いのない甲第五号証、第六号証の一ないし三、第二二ないし第二六号証、第二七号証の一、二、第六一号証の一、二、原審証人篠益雄、同遠山進、同梶山直治、同荒川三郎、同恵良豊、当審証人栗原和多留、原審(第一、二回)及び当審における証人北原正幸の各証言、当審における検証の結果によれば、控訴人は前記鉱業権(採掘権)設定出願をしたが、他方、訴外会社も昭和二六年三月一九日被控訴人に対し、本件区域を含む茨城県久慈郡世矢村大字真弓国有山林内の区域九六四アールを出願区域として、石灰石及びドロマイトを目的とする鉱業権(採掘権)設定の出願(東鉱二六年採第一三八号)をしたこと、東京通商産業局の係官である篠益雄及び遠山進は控訴人及び訴外会社の右各出願を含む計七件の鉱業権設定出願につき昭和二六年五月二八日から同年六月三日までの間現地調査を行つたが、そのうち同年五月二九日には控訴人の出願区域のうち同県多賀郡多賀町所在の区域につき調査し、翌三〇日には控訴人出願区域のうち同県久慈郡世矢村所在の区域及び訴外会社の出願区域につき調査をしたこと、控訴人の右各出願区域についての調査には、当時控訴会社に技術顧問として勤務していた北原正幸が控訴人からの指示に基づきその代理人として立会い、また、訴外会社の右出願区域についての調査には同会社取締役梶山直治が同会社の代理人としてなお、同会社採鉱部長荒川三郎がその補助者として各立会つたこと、控訴人及び訴外会社から各提出の出願区域図上では控訴人の出願区域と訴外会社の出願区域は本件区域において重複していたものであるところ、訴外会社は右出願に際し、被控訴人に対し、本件区域のうちの一部分において、既に、昭和二一年一一月以降継続的に、水戸営林署からこれを賃借したうえ大理石及び石灰石を採掘しているので、鉱業法施行法五条に基づく優先権を有する旨主張していたこと、しかし、控訴人及び北原正幸は右現地調査が行なわれるまでは右重複出願の事実を知らず、北原正幸は右現地調査の際篠らから告げられて初めてこれを知るに至つたこと、篠らは右現地調査に先立ち右各出願区域図を調査した結果右重複出願の事実を知つていたので、右現地調査の際北原正幸に対しこれを告げたこと、荒川三郎は右現地調査の際に篠ら係官及び北原正幸に対して当時本件区域内にあつた訴外会社の大理石採掘現場を指示し、同所が訴外会社において水戸営林署から賃借している大理石採掘現場である旨説明したこと、しかし、訴外会社が鉱業法施行日の六か月以前から本件区域において石灰石を採掘していたことはなく(このことは当事者間に争いがない。)、水戸営林署から賃借した個所は本件区域外にあり、しかも右貸借期間は昭和二五年一〇月までであつたことが認められる。そして、原審(第一、二回)及び当審における証人北原正幸の証言、原審及び当審における控訴会社代表者尋問の結果中には、控訴人は訴外会社において本件区域につき鉱業法施行法五条の優先権があるものと信じ、そのため本件減区出願をした旨の部分がある。

しかしながら他方、前掲甲第二七号証の一、二、成立に争いのない甲第六二号証の一、二、原審証人篠益雄、同遠山進の各証言によれば、北原正幸は前記のように篠らから本件区域につき訴外会社が重複して鉱業権(採掘権)設定出願をし、かつ、鉱業法施行法五条に基づく優先権を有すると主張している旨を告げられた際、篠らに対し、控訴人においては開発を急いでいるから控訴人出願にかかる鉱業権(採掘権)設定の許可を早く受けたいのであるが、本件区域については訴外会社の出願区域と重複することとなるようなので、控訴人の方で本件減区出願をすれば、控訴人に対し鉱業権(採掘権)設定許可が早く得られるのではなかろうかと問うて相談したところ、これに対し篠らは、鉱業権(採掘権)設定許可の一般の例からいえば、出願区域の重複の関係がある場合よりも、これがない場合の方が右許可が早くなされる旨を告げたこと、そして、北原正幸は同年五月三〇日ころ梶山直治に対し、「自分は直ちに控訴会社代表者に対し極力、本件減区出願手続をするように進言するから、その代りに訴外会社においても、本件区域から採掘する大理石の破片は控訴人だけに売渡すことを約束してもらいたい。」旨を告げて要望したこと、北原正幸は翌三一日ころ控訴会社代表者佐瀬辰三に対し、右現地調査の経緯を逐一報告するとともに、控訴人の鉱業権(採掘権)設定許可を早く得るためには、訴外会社をして本件区域から産出する大理石破片を控訴人のみに対して売渡させることを代償として本件減区出願をするのが得策である旨を説いたこと、そこで、控訴会社代表者佐瀬辰三は、鉱山経験の豊富な北原正幸の勧めるところでもあるし、また、控訴人と訴外会社とは昭和一九年以来控訴人において訴外会社から石材破片の供給を受けてきた取引関係があり、これを将来も継続するためには出願区域の重複をめぐつて紛争を起すことは望ましくないから、この際は控訴人及び訴外会社の各出願区域の範囲の正確な測定や優先権の有無を決することよりは、むしろ、控訴人において本件減区出願をすることとし、その代償として、訴外会社をして本件区域につき控訴人との共同の鉱業権(採掘権)設定出願をさせ、本件区域から産出する大理石破片を控訴人のみに対して売渡させれば控訴人にとつて有利であるとの見地から本件減区出願を決意するに至つたことが認められ、右事実から判断すれば、本件減区出願の直接の動機は、本件区域につき鉱業権(採掘権)設定出願に関する同法施行法五条に基づく優先権が訴外会社にあると信じたことによるというよりは、むしろ、本件減区出願をしてでも控訴人の鉱業権(採掘権)設定許可を速やかに得る必要があつたこと、控訴人と訴外会社との間の長年の親密な取引関係から、本件区域についての優先権の有無について決着をつけるより、本件減区出願をすることの代償として訴外会社から将来有利な取引条件を導いた方が得策であると判断したにあつたと見ることができるから、これと対比すれば、前記原審(第一、二回)及び当審における証人北原正幸の証言、原審及び当審における控訴会社代表者尋問の結果はたやすく措信し難いところである。他に、控訴人主張のような、本件減区出願につき、控訴人において錯誤があつたとか、訴外会社が控訴人をして本件減区出願をさせる目的をもつて、控訴人又は東京通商産業局所属係官らに対しことさら虚偽の事実を申向けてこれらの人々を錯誤に陥れたとか、もしくは、東京通商産業局所属の係官らが控訴人に対し、本件減区出願を勧告したとかの事実を認めるに足りる証拠はない。」

2  同一九丁裏一〇行目、「成立に争いのない甲第六一号証の一、二」を「前掲甲第六一号証の一、二」と改め、同二〇丁表二行目、「原告代表者本人尋問の結果」の次に、「当審における証人北原正幸の証言、控訴会社代表者尋問の結果、当審における検証の結果」を加える。

四  次に、控訴人において、控訴人代理人高田春吉は昭和二六年八月末ころ被控訴人に対し本件減区出願の撤回をした旨主張するので審案するに、当審における証人高田春吉の証言中には、控訴人の右主張に添う部分が存するが、他方、当審における証人片山直憲の証言中には、高田春吉は昭和二六年八月末ころ被控訴人に対し本件減区出願の撤回の可否につき相談に訪ねたにすぎない旨右証人高田春吉の証言とは反対趣旨の部分が存し、成立に争いのない甲第一二号証、第一三号証の一、二、当審における証人片山直憲の証言によれば、控訴人は昭和二七年一〇月一一日被控訴人に対し、本件鉱業権(採掘権)設定出願の出願区域から本件区域とは別な区域一、四九〇アールを減少させる旨の減区出願をしたが、控訴人はその際被控訴人に対し右減区出願以前の出願区域の面積は当初の出願区域の面積一五、八三五アールから本件減区出願にかかる面積四九五アールを控除した残りの一五、三四〇アールである旨表示した図面(甲第一二号証)を作成提出したことが認められ、この事実によれば、控訴人は昭和二七年一〇月一一日当時本件減区出願の撤回をしていないことを前提として行動していたことが明らかであり、これと対比すると前記当審における証人高田春吉の証言はたやすく措信することができない。他に、控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

五  更に、控訴人において、控訴人は昭和二八年一二月一六日被控訴人に対し本件減区出願の撤回をした、と主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

成立に争いのない甲第六五号証の一、二によれば、控訴人は昭和二八年一二月一六日被控訴人に対し、「本件区域については留保し、控訴人のその他の出願区域につき、速やかに鉱業権(採掘権)設定許可をされたい。」旨記載した書面(甲第六五号証の一、二を提出したことが認められるが、成立に争いのない甲第一四ないし第一六号証、第六五号証の三、乙第五号証の一、二、原審における証人堀部修康の証言によれば、控訴人は本件減区出願以後訴外会社との間で本件区域から産出する大理石の破片の取引について折衝を重ねたが妥結するに至らなかつたところ、控訴人は右遅延のため営業上支障を生ずるに至り、かつ、水戸営林署から控訴人の本件出願区域のうち本件区域を除くその余の部分についての石灰石の採掘手続の督促を受けたので、被控訴人に対し控訴人の本件出願区域のうち本件区域を除くその余の部分について速やかに鉱業権(採掘権)設定許可をされたいとの趣旨で右書面の提出をし、かつ、訴外会社の本件区域についての鉱業権(採掘権)設定出願についての許可は暫く差控えてもらいたい旨申入れをしたものであること、控訴人はその際被控訴人に対し右出願区域を表示した区域図(甲第一六号証)を提出したが、これには本件区域は右出願区域には含まれていない旨表示したことが認められるから、これらの事実と対比すると、右甲第六五号証の一、二をもつては控訴人が昭和二八年一二月一六日被控訴人に対し本件減区出願の撤回をした事実を認めることはできない。

六  そして、被控訴人のした前記昭和二九年一月一二日付控訴人に対する鉱業権(採掘権)設定許可の以前に本件減区出願を不適法とする却下処分や不許可処分等はなされなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであり、もともと、減区出願はその受理と同時に原設定出願と併せて一個の認定出願となるものである。してみると、右許可が本件減区出願の対象である本件区域を除いた区域についてなされたことは、本件減区出願を不許可とすべき事由の認められない本件においては、この時において、控訴人の本件減区出願が適法として是認せられたうえで、もとの鉱業権(採掘権)設定出願とともに一体的に処理されたものと解するのが相当である。換言すれば、本件減区出願に対してはこれを許容する処分がなされたものというべきである。

控訴人において、控訴人はその以後である昭和三〇年三月末日被控訴人に対し本件減区出願の撤回をした、と主張するが、本件減区出願については前記のように被控訴人において昭和二九年一月一二日控訴人の本件鉱業権(採掘権)設定出願に対する許可とともに許可処分をしたものであるから、これにより本件減区出願及び控訴人の本件鉱業権(採掘権)設定出願は消滅したものであり、したがつて、控訴人のした右昭和三〇年三月末日付本件減区出願の撤回は、もはや、その対象とすべきものが存在しないから、その効力を生ずるに由ないものというべきである。よつて、控訴人の右主張は理由がないことが明らかである。

七  以上の次第であるから、被控訴人が控訴人の昭和二六年二月一四日出願にかかる鉱業権(採掘権)設定出願の本件区域につき、許否の処分をしないのは違法ということはできないのであつて、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。

よつて、民訴法三八四条により本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬 大塚一郎 松岡靖光)

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